Kawada Yoshiko

川田芳子

性別: 女性
生年月日: 1895年10月17日

固有名詞: 川田芳子

出生時の名前: Yoshiko Kawada

国籍: 日本の俳優

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川田芳子 について

川田 嘉子(かわだ よしこ) 1895年10月17日、新潟県生まれ。女優として活躍し、『黒髪野郎』(1926)、『妖婦御仁女-大さんぺい』(1926)などで知られる。黒髪大日本編』(1926年)、『妖婦五人女・大三元』(1925年)、『有地獄』(1925年)などで知られる女優。1970年3月24日に死去。(IMDB)

1895年(明治28年)10月17日、遊郭の新潟市-古町は、舞踊の先生の娘として誕生した。11歳で家族とともに上京し、藤間勘馬に師事。新橋芸者となった後、川上貞子に預けられ、「川上陽子」の芸名で貞任一座「墨田トールタワー」(帝国劇場)の初舞台を踏みました。以後、さだ一座に所属し、新派の舞台で活躍。

1920年(大正9年)松竹等の新派を経て、いち早く設立された松竹蒲田撮影所でスターとして迎えられる。同年、ヘンリー大谷の「島の女」に主演し、一躍スター女優の仲間入りを果たした。当時の人気俳優、室口壽郎との共演作が次々と発表され、栗島祥子と岩田壽一、そして松竹蒲田のドル箱コンビが人気を博した。

1930年(昭和5年)以降は母親役として活躍しますが、1935年(昭和10年)にお別れ映画「母の愛」をもって映画界を引退します。引退後は、日本舞踊の街・山龍の名取や新派の舞台に立ち、『鐘の鳴る丘』『悲恋模様』などの映画に出演したこともありましたが、その後は二人で静かに暮らしていました。晩年は養女に先を越され、ついに草加のアパートで一人寂しく迎えることになった……。1970年(昭和45年) 3月23日、心不全のため死去。死去74歳。遺体は翌日、アパートの大家が発見した。
(出典:JPN Wiki)

関連作品(ドラマ・映画)

川田芳子は以下のドラマや映画で紹介されています。

主役として

別の役割で

関連作品(映画監督)

川田芳子は以下の映画やドラマを監督しています。

関連作品(映画監督・脚本家)

川田芳子は以下の映画やドラマの監督・脚本を担当した。

関連作品(脚本家)

川田芳子 は以下の映画やドラマを執筆しています。

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