加藤精一は、岡山県城陽郡高梁町出身の日本の俳優である。坪内逍遥文芸協会に入り、新劇の初期から舞台俳優として知られる。
父は熊本藩の漢学者だったが、誠一の誕生後間もなく亡くなり、誠一は加藤家の養子となった。
加藤は上京し、早稲田大学英文科に入学した。在学中は坪内逍遥に師事し、1909年には坪内が設立した文芸協会演劇研究所の第一期生となる。1911年3月、同校を卒業し、同年5月、ウィリアム・シェイクスピアの悲劇「ハムレット」全幕にポローニアス役で初舞台を踏んだ。
女優の三井光子と結婚し、1919年10月31日に長女・加藤道子が生まれた。
戦後は、1947年8月16日公開の映画「女優須磨子の恋」に参加。胃潰瘍、脳溢血などで倒れ、活動は抑えられたが、テレビ映画などに出演した。
1963年8月28日、74歳で死去。