石川さゆりは、日本のアイドル、演歌歌手、女優である。本名は石川 絹代(いしかわ きぬよ)。熊本県秋田村(現:熊本市南区)出身。熊本県立堀越高等学校卒業。音楽レーベルはテイチクエンタテインメント、所属事務所は小百合音楽社。
小学1年生の時、「演歌の女神」島倉千代子の歌声に感動し、歌手を志すようになる。10歳で神奈川県に移り住み、歌のレッスンを受け始める。
1972年、夏休みにフジテレビ系列の「ちびっこカヨちゃんコンテスト」に参加できなかった友人の代わりに出場し、合格する。その後、フジテレビ系「光る海」に沖雅也の妹役でレギュラー出演するようになる。
1973年3月25日にアイドルとしてデビューする。しかし、「三人花トリオ」(森昌子、山口百恵、桜田淳子)の影に隠れてしまい、人気はあまり出なかった。
1977年、前年に発売されたアルバムからのシングルカット「津軽海峡冬景色」で大ブレイク。この曲で数々の賞を受賞し、第28回放送で「紅白歌合戦」にも初出場した。その後のシングル「能登半島」「断腸亭」「人情噺」等もヒットした。
80年代もシングルがヒットし、歌手として成功を収めた。さらに、女優としても活躍を続けた。
1981年、元マネージャーの馬場賢治と結婚。1984年、長女・沙織を出産。1989年2月、馬場と離婚。
芸能界デビュー以来、ホリプロと契約していた。1997年、ホリプロを退社し、個人事務所「株式会社さゆり音楽事務所」を設立。1997年にホリプロを退社し、個人事務所「株式会社さゆり音楽事務所」を設立。ただし、ヒット曲「津軽海峡」をはじめ、初期の楽曲の原盤権はホリプロが所有している。
彼女は当初、日本コロムビアに所属する歌手として活動していた。しかし、1993年から1999年の閉鎖まで運営されたPCの演歌部門開設に伴い、コロムビアからポニーキャニオンに移籍した。その後、2000年にテイチクエンタテインメントに移籍し、現在に至っている。