国立署の風祭恭一郎警部は宝生玲子の上司である。彼は、自分が担当する事件の謎は、いつも麗子に仕える執事の影山が解いていることを知らない。しかし、風祭は抜け目なく手柄を立てて事件を解決していく。そんな中、奇妙なことが起こる。風祭は、警察官のオリンピックともいわれる世界警察選手権で運良く優勝し、世界一の刑事になったのだ。国立市の名誉市民となった風祭は、温泉旅館のペア宿泊券を手に入れ、長年の女中である満川にプレゼントする。この温泉は、奥多摩よりもさらに奥にある秘湯である。昔から「美人の里」として有名だと聞き、風祭は自分も行くと言い出す。
光川とともに、浦島本陣という旅館に到着する。店員の金森が二人を出迎えた時、蔵の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。風祭が駆けつけると、土蔵の前に震える客・佐藤夏希と、格子戸を必死に開けようとする給仕・前田敏子がいた。網戸の隙間から血がしたたり落ち、女将の児玉絹江の死が判明する。
その頃、影山が運転するリムジンには玲子が乗っていた。週末のシンガポールへのクルーズに持参する、新しく買った靴を並べて嬉しそうだ。そんな彼女のもとに、プライベートで訪れた温泉で起きた殺人事件の可能性に興奮した風祭からメッセージが届く。現場で捜査が開始される。蔵は内側から鍵がかかっており、絹江の死因は花瓶による頭部の強打だった。土蔵の鍵は彼女しか持っていない。不思議なことに、死体は仰向けで顔は天井を向いていたが、両目のマスカラは左のほうに走っていた。風祭は旅館に関係する人々を問い詰める。
児玉一美と琴美は絹江の夫の前妻の娘で、絹江と一緒に旅館を切り盛りしている。しかし、どうやら二人は絹江の後継者争いに明け暮れているようだ。敏子は、この2人の姉妹にいじめられ、さらには絹江に酷使され続けてきた。料理長の手塚には、暴行罪で服役した前科がある。風祭が再び現場を調べると、木箱の中に椿の花があしらわれた新しい帯が置かれているのを発見する。さらに、仏像の足元にあった硬貨が1枚落ちていた。その夜、風祭が風呂に入ろうとすると、「開けないでください」と書かれた戸を通りかかる。扉を開けようとしたところ、通りかかった金森に呼び止められる。金森は、この空間を開放しない理由について語り始める。
~~ 東川篤哉の小説『謎解きはディナーのあとで』より引用。